TBSドラマMOZUの喫煙シーンが多いという批判について私が思うこと

西島秀俊

西島秀俊さん主演のドラマMOZUで喫煙シーンが多いと批判が続出!!

4月10日より西島さん主演のドラマ「MOZU」の初回放送が13%と、同枠の過去ドラマの中では高視聴率を叩き出した。
過去には「夫のカノジョ」など低視聴率のために予定話数に達する前に休止となるなど、同枠での視聴率は一桁台から抜け出せていなかった。

今回の「MOZU」では映画さながらの映像やアクションによる迫力が視聴者の間で話題になり、今後も人気が上昇していきそうだ!!

しかし、そんな中ハードボイルな作風に釘をさす批判が湧きあがってきている。
その批判を浴びているというのは、作中で主要な人物たちがタバコをふかしているシーンだ。

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その批判は全くスジ違いじゃないか?喫煙シーンの批判を批判する

「刑事ドラマの世界感は取り調べや尾行中のタバコの煙にある!!」そんな事を言うつもりは更々ないが、刑事がタバコをふかすシーンがリアリティや良い間を生んでいるとは思っている。

固定的なイメージやこうあるべきという考え方はしない主義だが、趣向という点で言えば刑事ドラマでの喫煙シーンはカッコいいと思う。

証拠や遺品などを見ながら事件をプロファイルしている時にタバコに火をつけてじっくりと思考をめぐらす。
ここでタバコの存在は無くても構わないが、タバコを加えている方が刑事らしく感じないだろうか。

ここで重要なのは喫煙のシーンにおいて喫煙している姿が無くても成立するという事だ。

ただ、役柄や物語の雰囲気、視聴者が持つイメージを膨らませて物語に入り込み易くする演出の一つとして「喫煙」という行為があるだけに過ぎないと筆者は考える。


喫煙が視聴者に与える影響の是非

昨年公開されたジブリの「風立ちぬ」でも喫煙するシーンが批判されて話題になった。

映画の中での喫煙シーンが「メディアによるタバコ広告・推進」の禁止や「子供たちへの影響」を理由とした苦言なのだが、この時も批判された映画よりも批判をしたという事が注目された。

ハフィントンポストさんの記事
↓   ↓   ↓
『風立ちぬ』に日本禁煙学会が要望書「なぜこの場面でタバコが使われなくてはならなかったのでしょうか」

宮崎駿監督の「風立ちぬ」は「未成年者喫煙禁止法」に違反するのか

この記事の中に筆者が言いたい事のほとんどが書かれている。

ドラマ・映画の表現は現実世界の法律に抵触しない。ドラマ・映画での表現(演出)は守られなければ芸術は存在できない。と私も言いたい。

今回のドラマ「MOZU」の喫煙シーンが多いという点が、「風立ちぬ」の喫煙シーンの批判によって影響されるものだとしたら、その批判自体がとても危ういものであると批判をした人は認識してほしいと願う。

何故かというと喫煙シーンが多いという点を批判した人は何かしらの影響があった為に作品に対して批判をしたのだと思うからだが、その影響のされかたが単純な思考によるものだからだと言わざるをえないからだ。



例えば上記のように「青少年に対して喫煙を助長させかねない」と批判した人がいるとするならば、全国の二十歳未満の青少年の何割辺りの内、何割の青少年が影響されて喫煙に至ったのかを調べた上で発言をしなければいけないと思う。

何故ならば、もし仮にドラマや映画に影響されて実際にタバコを吸った青少年が全体の3割も居たとすれば、申告な問題であり直ちに改善しなければいけない問題と言える。なので、それは批判では無く指摘になる。

しかし、何も調べずに作品を見て「この喫煙シーンは青少年に影響を与えるかもしれない!」というだけで批判しては、何も影響を与える事ができない。

「風立ちぬ」の映画の公開後に禁煙学会が示した要望と見解(⇒コチラ)にはYahoo!のリアルタイム検索で「映画を見てタバコを吸いたくなった」というワードが見られた事や2005年に調査されている映画の出演シーンを見た回数が多いほど喫煙に至る確率が高いというグラフを示しているが、リアルタイム検索でつぶやいたのが何件あって、そのつぶやきをしたのが何歳なのかは示していない。

禁煙学会が要望と見解を提出し主張をするのは表現の自由から絶対的に保証されるべき事ではある。
ヴォルテールの(だと言われている)言葉に「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」というものがあり、この意見には賛成である。

しかし、だからこそ主張をするのであるならば影響を受けている人の為にも実例や実績を示して緊急性をもって対処すべきである。

つまり禁煙学会の主張は「どれくらいの影響があるかは不明だが、喫煙シーンは青少年に悪影響だと思うから作品の内容を変えるべき」という事になる。
これはもはや主張では無く一人言と変わらないし、そんな独り言に乗せられてはいけない。

ハフィントンポストの記事の中にもあったが、禁煙学会は他にすべき事があるはずだ。

筆者も非喫煙者として分煙は最低でも守って欲しいし、できればタバコの値段が上がって、吸う人が一人でもいなくなればと思っている。副流煙や火のついたタバコが他の人に当たって火傷をするなど、タバコによって良いことは現実の世界では何も無いとも思っている。タバコの存在に対する意見は禁煙学会に賛成である。

ただしそれは現実の話であって、作られた世界においてはどのように表現されても良いし、タバコが演出に一役買うならスパスパと吸えば良いと思う。

こういう実の無い批判が最近では特に広まりやすい環境になっている。
何が正しいのか?決めるのは自分ではあるが、何かを主張するならば正当な理由と根拠を示す必要がある事をそろそろ皆で理解しなければいけないと思う。

世界的に人気のブランドであるプラダの創業者の孫でありデザイナーのミウッチャ・プラダはこう語っている。

ミウッチャ・プラダ

「上っ面だけ繕う人々は大嫌い。『これをやめろ、あれは良くない』というのは簡単だけど、問題を解決するためには、すべての因果関係を調べないとできない。」

ネットリテラシーの意識も自然と高くなってきてはいるが、今回の批判が出る内はまだまだなのだろう。
何かを批判するという事をもっと真剣に考えていけば教育の大切さに行きつくはずである。

言いたい事・主張したい事・改善してほしい事など人が何かを主張するのはどんな主張であれ守られるべきだが、主張する以上は徹底的に調べ影響の具合を数値など分かりやすく示し、その影響によって起こっている喜怒哀楽の感情をできる限り伝えることだ。


最後に

今回の記事を書こうと思ったのには理由がある。

私にとってはテレビなど目につくメディアの主に音楽などのコンテンツが異常なまでにつまらないと思っているからだ。

つまらなければ見なければ良いので見ないが、こうした批判がつまらなさを生んでいる原因を助長させている事、テレビ等の媒体が活かしきれていないことに黙っていられなかった。

最近はテレビで何かと批判が起きて炎上しているという事を目にする機会が増えていると思う。

炎上商法なんて言われている位に角の立った意見が出てくるが、意見自体は出ても構わないがその意見が上っ面ばかりで具体性に欠けていると感じ、ネットやツイッターでの意見があたかも大衆の意見であると伝える風潮に我慢できない。

こうした影響は私にとって悲しい結果をもたらしている。

テレビでは音楽やドラマなど少しでも悪影響と思われる事に対して敏感になっている。
これは意見に具体性の有無が無くても批判として上がれば、事なかれ主義なのかその意見を受け入れてしまう状態が示している。

少し前にもお酒のCMでマスコットがカエルというだけで、青少年がお酒に親しみやすくなってしまうなどの批判がありCMを自粛してしまった。

もちろん生理的に無理だという内容のCMやドラマなどもあるだろう。

そうした物に意見として「こういうものは見たくない」などと言うのは自由であるが、放送の中止を要求するくらいならば見なければ良いのである。

しかし、最近はこうした意見を受け入れてしまい企業側やテレビ局側が折れるケースが多い。

スポンサーの印象を下げる事をテレビ局はしていけないという姿勢が現在のテレビをつまらなくしているし、そのおかげでテレビという多くの人が目にするチャンスがある音楽がつまらないものになってしまっていると思う。

また、スポンサーに迷惑をかけないという点からコンテンツ作りをしている結果、当たり障りの無い企画・歌で溢れるのは当然の事で、新たに価値を生み出すマーケティングが行われていないことが見て取れる。
これはある意味で言えば顧客であるスポンサーを満足させていないとも言えるし、スポンサー側も魅力あるコンテンツにCMが打てなければ広告効果も期待できない。

根拠の無い批判に根拠の無い対応していては自分達も大きな損害を被っていることをイマイチ理解していないのだろう。

ブームとなった半沢直樹やあまちゃんなど多くの人を魅了するコンテンツがあればテレビ局はスポンサーに対して大きな満足を与えられ、見ている人も楽しめてみんながwinの状態になれる。

テレビで見られるもの以上に素晴らしいものはたくさんある。

もっと自由に表現し悪影響があると思うのであれば、そういったコンテンツから自分や子どもから守る手段を自ら見つけることだ。

「子どものために悪影響があるものは放送するな!」と主張するのは「私には悪影響を与えるコンテンツから子供たちを守る手段を見つける事ができません。見つけるつもりもありません」と自らの力不足を強調しているに過ぎないことを何でもかんでも批判している人は自覚してほしいと思う。

このブログでもこの現在のテレビなどにおける音楽・テレビコンテンツのつまらなさを改善するべく、一つ一つ根拠を示していきたいと思う。





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